キミの匂いがする風は 緑 〜枝番?


  “アダムのりんご”
 


    3



何の前触れもなく、
勿論 本人の意思にも関わるものでもなく。
一体どういう作用によるものか、
いつもの1日を終え、いつものように寝て起きたら
なんと 神の子 イエスが女性になってしまったという、
とんでもない事態に陥っており。
そこは“最聖”という人ならぬ身、
自然界の一般的常識を越えることが、
あるいは起きても不思議ではない…のだろうかと。
選りにも選って ご本人たちが
大きく動揺なさったほどの驚愕の事態であり。
それでも何とか打開策をと、
考えられることをあれこれと掘り出してみたものの。
やっと思い当たった糸口があったにもかかわらず、

 『…………ごめん。やっぱり、待って。』

イエスが天界へと連絡しようとしたスマホ。
半ば力づくで取り上げたくせに、
それはか細い声で すがるように懇願したブッダ様。

 『心細いのはキミなのに。
  私、自分のことしか考えられないの。』

 『今、電話を掛けちゃったら。
  ラファエルさん、きっとキミを天界へ連れてっちゃう。』

聡明にして 知的、清廉にして それは寛容な。
慈愛の如来、仏門開祖の釈迦牟尼が、
だというのに、それだけは聞けぬと我を通したがったのは、

 それがキミのためだと判っていても、
 このまま一緒に居られなくなるなんて どうしてもイヤだ

自分以外の誰か何かへ イエスの視線や気持ちが向けば、
こっそり焼きもち焼いてから、そんな自分へ自己嫌悪するくせに。
それでも自分からは なかなか甘えられないような、
生真面目で堅物で 不器用極まりないよな人なのに。
こんな危急の真っ只中で、
天界に背を向けても キミと居たいと、
途轍もない級の我儘を言い出したのが、

 イエスにも それはそれは嬉しくて。

こうなったらもう、
失道も堕天も何するものぞだ、
バレるまで このままで一緒にいようよと。
戒律よりも恋情を取るぞとばかりの
思い切りの良さを告げ合って。
愛しい人との甘いひとときに酔いしれて。
弾みで螺髪が解けても どこか頼もしいままのブッダが、
そんな自分たちへか くすすと柔らかく微笑いだし、

 「私たちダメダメだねぇ。」
 「うん。ダメダメだ。」

こんな時なのに何してるかなと、
ダメな聖人だねぇとくつくつ笑い合い、
何度目かのキスをと再び唇を重ね掛けたそのときだ。


  Pirrrrrrrr、Pirrrrrrrr と


不意に鳴り始めたスマホに、
何かしらの警報に襲われたかのよに、わあっと二人して飛び上がる。
そういえば、先程ブッダが取り上げたイエスのスマホは、
その後のすったもんだに弾かれたか、
どこかへ吹っ飛んでしまっていたようであり。
そんな扱いに怒っての報復か…じゃあなくて。

 「な…っ。」
 「だ、誰から?」

周囲を見回してから、
ほどけた髪の中に埋まってたのを拾いあげたブッダが、
恐る恐る表示を見やると。

 「えっと、ペトロさん。」

ああ、知り合いかと少しだけホッとしたものの、
今は微妙に 事情が事情のお二人でもあり。
そこはイエスも、気の持ちようが違っていてのこと、

 「出た方がいい?」

何と言っても天界の関係者が相手。
何だろ、何の御用だろ、
こんなことになったのを向こうでも察知したとか?
それとも…まさかとは思うけれど、
つい今さっき 彼らがい抱いた不敬な想い、
早速にも 嗅ぎつけられたのだろか…と。
不安な色々は汲めども尽きずで 際限(キリ)がなく。
とはいえ、出なけりゃ出ないで
却って“何かあったのだろか”と案じられないかしら?
そこを思って どうしようと訊いたイエスだったのは ブッダへも通じ、

 「うん、出た方がいい。
  でもね、こっちからは話を振っちゃいけないよ?」

 「判った。」

そんなやり取りの間も呼び出しは続いており。
向かい合う格好になったブッダと視線を見交わしてから、
こくんと息を飲んだイエスが、
オープントークにしてから おもむろに出ると、

 【 ………あ、先生ですか? サーセン、こんな朝早くに。】

遠慮がちな、でも聞き覚えは重々ある声での挨拶へ、
ああそういえば、まだ6時前なんだと。
言われて気づいて、でも、
下手に話を広げるのは危険だからと、
そのまま流すよにして応対をする。

 「いや、別に。…それよりどうしたの?」

そんなやり取りを聞きつつ、

 “…っ。”

傍にいたブッダは、
いつもとは微妙に違うイエスの声から
何か気づかれはしないかと咄嗟に恐れたようだったが、

 “……。”

なに、何となれば起き抜けだからだと誤魔化せばいいと切り替え。
焦った気配なぞ おくびにも出さずに落ち着きを取り戻し、
そのまま彼らの会話に集中する。
その一方で… イエスとしては、
そっちこそ こんな早くに掛けてくるなんて妙じゃないかと感じたものの、

 「……。」

訊きかかったその口を 慌てて小さな手で塞ぐ。
日頃からも、ブッダが時々凍るほどのレベルで
師弟としての礼儀が 二の次になるざっかけない間柄。
深夜だろうが早朝だろうが、
臆しはしないのも今更な話…だとはいえ。

 だったらだったで、

 まだ寝ているか
 シフト上がりで眠くてしょうがないかという
 そんな時間帯だろうに、と

そんなこんなを知っていればこそ、
何かあったのかと突っ込んで聞きたかったけれど。

 話が長くなるとそれだけ、ボロが出かねぬ隙が出来るから。

ちらと視線をやった先で、
ブッダもイエスのそんな葛藤には気づいたようで。
緩んではないが穏やかな表情のまま 首を横に振るので、
イエスもそれへ頷いてから、黙って待っておれば、

 【 あ、あのですね。】

何だか歯切れの悪い言いようでの返事が返ってくる。
大声を出せない場所からなのかなぁと察し、
ついついイエスが耳を近づけかかったそこへ、

 【 先生、何か、その、
   体調とかに 何かお変わりはありませんか?】


  ―― どきどきどきっ☆ × 2


選りにも選って、いきなり核心をつくなんて。

 「……っ!(わあっ☆)」

思わずのこと、後ずさりしようと立ち上がりかけたら
布団に足を取られて尻餅をついちゃったイエスであり。
ブッダもブッダで、
驚きの余りに一気に吸い込んじゃった息の音が
向こうへ聞こえていないかと、
そんなことをば案じさせたほどの、
ある意味 凄まじい冴えを見せた、一番弟子の言であり。

 「〜〜〜っ。」

うわうわどうしよと大きにうろたえ、
きゅうと眉を寄せた困り顔になったイエスだが、
ブッダはやはりかぶりを振って、
何でもないよに振る舞えと 目顔で指示を出すばかり。
こうまで逼迫しているからか、
それともそこはそれこそ 心からの信頼つなげた恋人同士だからか。
そんな以心伝心もあっさり通じ、

 「何の話?」

余計なことを言いそうで、
ついつい片言みたいに手短な言いようになったけど。
それこそ こんな早い時間だからか、
そこは不審には思われなかったみたいで。
あれぇ?なんてな心臓に悪い声は、
まるきりの一切 返って来なかった。

  ただ、

 【 その、早起きさせたんで、
   気がついてないかも知れなくて、その。】

歯切れが悪い割に、何でか妙に食い下がってくるのがらしくない。
遠慮というものに一番縁遠い弟子でもあるはずが、(おいおい)
それより何より
さっきああまで すぱりと核心をつくことを訊いたくせに。
一体 何がどう気になって、
そこまで尻込みしつつも粘り強く訊いて来るものか。

 「な…」

ついつい焦れて、何が言いたいの?と聞きかかったイエスだったが、
そんな彼の前からまたしてもスマホが取り上げられて。
何だ何だと見上げれば、

 「お電話代わりました。」

滑舌のいいお声が この際は何か怖いとイエスも感じた、
いつの間にか髪も螺髪に戻っており、
それは気魄の籠もった様相のブッダ様が。
有無をも言わさずという強引さで、
ペトロとの電話に出ているじゃあありませんか。

 「あ…。」

あれほど頼りにしていたイエスでさえ、
その気迫や威容へ びくくっと肩をすぼめてしまったほどであり。
この忙しいのに、そんな曖昧な態度で時間を取らせないでと、
今度こそは怒り出すものかと思いきや。
あくまでも鷹揚な姿勢は崩さないままの彼曰く、

 「ペトロさん もしかして、
  イエスへ何か仕掛けたりしていませんか?」

 “え?”

何なに、何の話と、小首を傾げたイエスの耳へ。
見事な間合いで、

 がたがた、ばさがた、ドシャがちゃ、ぱりん、と

結構な荒れようの物音が スマホから聞こえて。
それへ続いたのが、

 【 ブ、ブッダ様、お気づきになられておいでで。】

ペトロさんたら、めっちゃ焦っていませんか?
よほどに鋭く図星を突かれてのこと、
それでと挙動不審になってしまったに違いなく。

 「といいますか、
  あなたがコトの元凶らしいと判って、
  こちらはホッとしておりますよ。」

 “ええ?”

何がなんだかと、
相変わらず…当事者なのに蚊帳の外状態のイエスをよそに、

 【 そ、そこまでお見通しでしたかっ。】

もしかして
両手を机の上へ突いて、
がっくりと項垂れてはいませんか。
そんな構図がやすやすと浮かぶような、
いかにもそんな声音で返ってきたお言いようへ、

 「きっと込み入った話なのでしょうに、
  電話越しというのも何ですから。
  御足労ですがこちらへお越しいただけますか?」

仏門開祖による有無をも言わさぬ威容の籠もったお声は、
さしもの脳天気な第一使徒さえ ひれ伏させたようで。

 【 は、はいっ。】

それはいいお返事を聞き、
うんうんと頷く姿は、
いかにも教えを説く如来様の趣きだったのだけれど。

 “……ブッダ。
  笑顔なのに光ってるよ、光ってる。”

そ、それは怖い……。







BACK/NEXT


  *スマホの写真素材が見つかりませんで。
   じゃあなくて。
   急転直下な展開で サーセン。(こらこら)
   どうやらあの
   怖いもの知らずにもほどがあるお弟子さんが
   微妙に関わってたようですが…。


戻る